企業は市民を欺き、行政も司法も苦しむ市民に向き合わない
水俣へ向かったきっかけ
水俣といえば「水俣病」とすぐに出てくるのは教育の成果でしょうか。武漢肺炎と呼ばれていた病気もコロナと呼ばれるようになりました。地名に病名をリンクさせることでその土地の風評被害になる、中国に忖度した決定ではありますが、「土地に結びつけた病名」をいまだ引きずっていくのはどうかと思います。
子供の頃、「少年朝日年鑑」という2冊組の本が図書館にあって、統計をまとめた冊子と時事問題を取り上げた冊子の2冊がセットになっていました。統計編はいわゆる社会科の資料集のようなものです。そして、時事問題をとりあげる基礎学習編の内容がとても濃かった。カラー写真でなくコストのせいか白黒の写真でいろいろな情景を毎年違う切り口で取り上げていたような気がするのですが、折しも公害病が盛んに取り上げられていた時代、毎年のように白黒のページに患者となられた方々の苦しまれている写真も多く載せられ、相当にショックだったのを覚えています。
水俣病がどうして起こったか
水俣病は、当初「奇病」とされ、最初に症状が現れたのは猫でした。「猫てんかん」といい、猫が踊り狂って死ぬ、ねずみが増加して困ると苦情が市に寄せられ、新聞に報道されたのは1954年のことです。
水俣には明治末期にできた日本窒素肥料という化学肥料会社(以下「チッソ」という)の企業城下町です。第一次世界大戦で肥料の輸入ができなくなると価格が高騰、1920年以降は軍の植民地支配に乗りかかり、特に朝鮮で爆発的な事業拡大をします。化学肥料はもとより、化学肥料、油脂、石鹸、工業原料、石炭、ガス類(窒素ガス、酸素ガス)など多岐に渡っていました。明治末期に水俣にできた工場は生産を拡大させるとともに、田畑を持たない農民の就労場所ともなりました。50,000人の市民のうち10%が工場労働者で、1950年には元工場長が市長に就任します。その後つぎつぎと不知火の海を埋め立て、工場が拡大していきます。
プラスチックの加工に使われる可塑剤のシェアはチッソが85%を占め、その原料であるアセトアルデヒドを製造するために硫酸水銀が使われました。これが製造過程でタンパク質に結合しやすいメチル水銀に変化し、毒性が飛躍的に高まります。生産で不要となった水銀のほか重金属類も含めて、それらはなんら処理されることなく排水口から水俣港へと排出され、排出された水銀の量は1932年から500トンにも及ぶと言われます。
猫てんかんの報道の2年後、1956年には「原因不明の奇病が多発」とチッソ附属病院が県に報告したことで、県保健所も調査に乗り出します。その結果「魚が原因であるらしい」というところまで突き止めました。
保健所は食品衛生法で漁獲の禁止を差し止める権限があります。権限があるということはその法律によって県民の健康を守る責任があると言うことでもあるのですが、わざわざ翌年には厚生省にどうすべきかという伺いを出して、判断を丸投げしました(企業や市に忖度していると言うことですし、県が望む回答を得ようと働きかけたことでしょう)。
そして、然し水俣湾内特定地域の魚介類のすべてが有毒化しているという明らかな根據が認められないので食品衛生法を適用することはできないものと考える、という厚生省の回答を引き出します(1957年9月11日)。
このような伺いを国に出してまで県自身の責任回避を図った、県民を裏切った、としかわたしは考えられないです。
解決を遅らせるために御用学者がデマを流す
原因が何か。これは学者でなければ分からない、そう信じてとにかく早く原因を突き止めて欲しい、という願いとは別に、次のような学者が世論を混乱させるために異論を発表します。その中には腐敗アミン説のように、明らかに科学という学問を否定するような珍説でも、マスコミに続々と掲載されていきました(目的はここです)。
異論が出ることで、世論が「原因がわからない」として混乱し、正当な発表をした学者はさらに反論をしなければならないという負担が増えます。それだけ治療の手立ての発見、責任の追及、解決が遅れ、その間にもどんどん患者が増えていきます。なにより世間には「原因不明の奇病」という世論が形成され、問題企業の責任がはぐらかされていくのです。
特に清浦の発表はあらかじめ新聞社に発表をリークし、「水俣病は工場廃液とは関係がない」と解決への道を攪乱させたことで、15年も解決が遅れたと言います。
科学者が歴史の中で誤った行動をした前例として水俣病事件も含まれていると指摘された論文の引用がありますのでご紹介します。
これら学者のやったことは科学的な「知」を「無知」に変えてしまう、ということ。学者でありながら学問を否定するばかりか、それを弱者がより苦しむ方向へ導いたということです。
そしてその過程上でもどんどん「チッソは悪くない」に加担する学者が増えていくという、おそるべき展開です。
「水俣病事件においてもチッソ水俣工場の排水に原因を求める見解に反論するために同工場は水俣病の研究組織を立ち上げて反論した。
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藤岡毅氏の論文の引用(いのちとくらし第68号 19ページ引用)
「田畑を持たない農民」とありましたが、水俣は有明海に面し豊かな漁場がある一方、平地が少ないため米よりも魚の方が安価で、主食が魚の家庭も多かったそうです。レジ袋でない時代、買い物かごに5,6匹の大きな魚を裸で頭から入れて家へ帰る主婦の画像が展示されていましたが、それぐらい魚が身近な食べ物だった。
「水俣病」はチッソが放出した汚水に含まれる有機水銀を水中のプランクトンが接種し、食物連鎖でどんどん濃縮する形で最終的には有機水銀を人間が摂取することで発病するもの、これは恐らく社会科でも勉強するのではないかと思うのですが、わたしも施設でお伺いして驚くことがありました。
それは、人間にとっては、魚の色が変わるとか、水銀が内臓に入っているのが分かるとかまったくそういうことはなく、「魚の見た目も味もなにも変わらない」のです。毒を蓄積していても、人間にはそれがわからない。ましてや普段の暮らしの中で普通に魚を食べていて、「この魚に毒がある」とだれが思うでしょうか。
「水俣病は遺伝する」などとそれまでの知見を無に帰してしまうような内容が、よりにもよって学生向け教材に掲載されました。少し調べれば分かることなのにウソを記載し、許せないのは「恐ろしいのは」という根拠のない主観まで挿れていること。これを単に動画削除で済ませて執筆責任者の処分は判然としないのも疑問です。
4大公害病の1つの水俣病について、「家庭教師のトライ」を運営する会社のオンライン教材のなかに、「この病気が恐ろしいのは、遺伝してしまうこと」などと、事実と異なる記述があったとして、水俣病の患者などでつくる団体などが会社側に訂正を求めていたことがわかりました。 水俣病の患者団体などでつくる「水俣病被害者・支援者連絡会」によりますと、「家庭教師のトライ」を運営する「トライグループ」のオンライン教材のうち中学生向けの「歴史」の中で、水俣病について、「この病気が恐ろしいのは、遺伝してしまうことです」と事実とは異なる記述があったということです。 水俣病は有機水銀を含む工場排水によって汚染された魚介類を食べた人たちに深刻な健康被害を与えた公害で、母親の胎内で水銀の被害を受けた胎児性水俣病の患者も生まれましたが、遺伝によるものではありません。 団体は、「誤った記述は差別や偏見につながり、これまでさまざまな困難を負わされてきた被害者をさらに苦しめることにもなりかねない」として会社側に書面で訂正を求めました。 また、団体から情報提供を受けた、環境省も5月14日に会社側に訂正を求めました。 これについて「トライグループ」は、23日づけでオンライン教材のホームページに、「水俣病が遺伝するという事実はなく、不正確な表現になったことをお詫びの上、訂正します」とする文章を掲載し、該当する動画は削除したと発表しました。 |
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教材に「水俣病は遺伝」 患者団体など訂正要求 会社は削除(NHK 熊本Web News2025年5月24日)
ネコ実験
1956年5月に患者の発生を保健所に報告、1年後にチッソ側も自社で原因究明を行います。関わった水俣工場附属病院長は、その結果公表を会社の圧力により封じ込められます。
1956年5月1日、「原因不明の中枢神経疾患の発生」を水俣保健所に報告。この日が水俣病公式確認の日とされる。 |
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細川一(Wikipedia)
四〇〇号は遂に発病した |
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(細川一「今だからいう水俣病の真実」『文藝春秋』1968(昭和43)年12月1日号)
この一方で、チッソは患者達には「見舞金を支払う」として不満を封じ込めようとします。既に自社排水が原因であることを突き止めていたにもかかわらず、原因が自社排水であることが分かっても求償させない、という酷い内容です。
チッソからすれば、法律的な根拠がない「施し」であるわずかな「見舞金」でカタをつけてしまいたい。このためには「水俣病の原因がわからない」ことと、それができるだけ長引いて患者達を不安にさせ心身ともに疲弊させること(見舞金に頼るしかない状況に追い込むこと)が必須であるから、御用学者でできるだけ世論を混乱させようとした、とも考えられるのです。
この見舞金契約は、水俣病第1次訴訟熊本地裁判決で「公序良俗に反し無効」と判決が出ました。
見舞金契約(1959年) |
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サイクレーターの目的
■1959年12月に完成したサイクレーター(西日本新聞 2019年12月18日)
水俣病原因究明の過程にある1959年5月には「サイクレーター」という装置が設置されます。これについてわずか3か月後には正体がバレます。
1960年2月 Kurland博士(米国国立衛生研究所)、有機水銀説を支持(2月)また、サイクレーターが有害物質除去に役立たないと語る |
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水俣病の原因究明(環境省水俣病情報センター1960年の項目より)
つまりは、ただ廃液を攪拌して、沈殿濾過するだけの装置だったのです。水銀の除去など期待できようもありません。ただ、このバレた事実は市民には知らされませんでした。これを市立資料館ではどう説明しているでしょうか。
効果がなかったサイクレーター |
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(市立水俣病資料館サイクレーター展示パネルの説明)
ただただかき混ぜるだけの施設、何のために作ったのか?という問いには市立資料館の説明では回答になりません。「見た目にきれいにするもの」をどうして作ったのか。この核心的な部分を見事に触れないよう、さらっと回避して、あくまで「誤解したのは市民でしょ」と言わんばかり。ある意味すばらしい文章で舌を巻きます。
しかし、誤解したとする相手は市民であり、この苦しい病気に困る自分の市の住民であるのです。「勝手にイメージだけが広がっていった」なんて、よくこんな突き放したような説明を平然とつけられるものだと驚きを禁じ得ません。
当時、チッソの当時の社長は熊本県知事らを招いたサイクレーターの披露会で,ただの水をサイクレーターを通した廃液と説明して飲んで見せるなどの詐欺まがいの演技までしています。「この装置が完成したことによって水俣病の問題を全て解決したのだ」と印象づけ、騙そうとしていると思えてなりません。こういったことはなんら説明がないのです。
前述のネコ実験については、同館で動画が流されています。最後に神経を冒され足がふらついてまともに階段を降りることができない猫の画像につけられたキャプション(説明文)は次のような内容です。
このように尊い命を犠性にした実験は、水俣病の原因究明に大きな役割を果たしました。 |
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動物愛護・動物保護という点では評価しますが、この実験事実が公表されたのは、実験から10年後、患者が訴えた裁判の中でのことでした。そのような意味では核心的な実験結果であるし、これをどうして早くに公表しなかったのかと糾弾されるべき、あるいは見学者に問いかけて考えさせるべき内容であるのに、誤解を恐れずに言えば「ネコの生命」に焦点をあてて、視点をずらそう、矮小化させようとしているのです。
「ネコでもここまで大変な症状が出てきたのだから、人間にはもっと大変な影響が出ている、そしてこの事実は裁判を起こすまでひた隠しにされていた」、映像の中でこの実験の背後やこの情報をひた隠しにしてきた人間の醜さまで焦点を持って行かなければ「犠牲になって原因を指し示してくれた」ネコにも申し訳ないと思うのです。「実験動物としてネコが死にました、実験の役を果たしてくれました」そんな単純で軽い内容とは到底思えません。
水俣の教訓は「自然が大切」「動物のいのちも大切」、そのような凡庸なものではないのに、その程度にすませておいてほしい、手打ちにしてほしい。併設の県資料館はまさに自然環境に特化した内容で、「自然はなんてすばらしい」程度の内容にしか思えませんでした。このような施設でなんとなく水俣病がわかったような気にさせようとする。これではわざわざ水俣まで足を運んで社会見学する人たちにも、なによりこの苦しい状況で人生を右往左往させられた市民に対しても裏切りともとれる内容です。
利潤を追求するだけに邁進する企業の醜い姿、そして市民を護るべき市や県、国、社会まで一体となって弱い立場、しかも何の罪科もないのに健康を奪われて心身ともにもがき苦しんでいる市民を追い込んでいくこの異常な状況、これをあるがままに見せて、何を思うか、何を考えるか、自分たちがこれから生きる将来にとって何を指し示しているのか。
市にとってはつつかれたくない過去ではあるけれど、ここに着目してこその水俣病の教訓であるし、市行政としての反省である、また亡くなった患者さん方の生命が生きると思うのです。現状行政が建設した資料館群(市、県、環境庁がそれぞれで資料館を開設している)は、それこそチッソが廃液を流し、海をせき止めて魚を封じ込め(とはいうもののバレーボールのネットのようなものですから容易に出入りできました)、漁民には補償としてその中の魚を捕らせてドラム缶に詰め、埋め立てた、そのような土地です(これもはっきりと書かれていません)。
そのような人間の苦しみがつまった場所で後世の若い世代には「遠い過去の出来事」として伝えよう、自分たちに関係のないもの、わざと焦点をぼやけさせて、ずっと昔の社会問題で今はもう終わったことだと伝えていく、というのはあまりに亡くなった方々に対しても、何より今も訴訟に加わり苦しまれている方々に対しても裏切りではないかと思えて仕方がないのです。
患者の中での分断、市民の中での分断
健康を損なわれた場合、その健康そのものが取り返せれば良いのですが、不可能であればこその金銭解決になります。そして、少なくとも費用の心配なく病院にかかりたい。認定患者とされた方々は、障害の程度で補償を受けられることになりましたが、認定がされない場合、訴訟によって認定を勝ち取らねばならず、勝ち取ったとしても補償内容はその判決の内容ごとによって大きな差があります。患者の中でも補償が手厚い人とそうでない人との間で分断か起きるし、「カネ欲しさに症状を偽装しているのだろう」と市民の間でもさまざまな軋轢を生んでいきます。
身体の不調から発した神経症状は「奇病」とされていたことから他人に言うことで差別を受けることになりました。また、家族がチッソの関係者や労働者である場合、チッソが倒産すると生活のすべをなくすことから、市民の間でも対立が起きるのですから、どれだけ生活が息苦しいだろうかと思うのです。
そのなかで裁判を起こしても、なかなか地元の裁判所は判決を下さず「和解」へと誘導していく。時間ばかりがいたずらに過ぎていって、認定がなされない、どれだけの絶望だろうかと思うのです。
「排水即時停止の処置が県条例として審議されようとして居るとのことであります。(中略)操業停止の場合、家庭経済をあずかる私達主婦にとって、根底から生活のメドを失うことゝなり、その不安の深さは充分ご理解頂けるものと思います。(中略)工場排水停止に対し、当局の寛大なる御配慮を強く希望致します。 |
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従業員生協から熊本県知事あてに出された決議文 市立水俣病資料館(2024年10月1日撮影)
患者の中での分断、市民の中での分断
この全ての原因は何なんだろうか、と考えると、全てがカネに結びつくのです。チッソが必死に事件を隠蔽し、矮小化しようとした結果、人間の健康が損なわれる、という取り返しがつかないことがどんどん拡大していきました。ただちにきっちりとした排水対策をしておけば、わずかな犠牲はあったもののここまで大規模に尾を引くことにはならなかったでしょう。自社の責任をごまかすための費用は出すけれど、根本的な解決に費用を掛けるのは惜しいと考える。手間もカネもかかることから目をそむけつづけた。こうなると明らかに人災です。
そして、社会問題を発生させた後のチッソは、分社化して被害補償を行う継承会社を債務超過で倒産とさせてしまいたい、患者はそうなるとますます立ち行かなくなるから会社の存続は絶対だし、分社化して責任をうやむやにされるのも困る。国は一企業を公金で直接助成することは叩かれるから避けたい。
このような思惑が渦巻いて、水俣病患者にはチッソが窓口になり補償金を出す。その費用は熊本県が貸し付け、県は県債という形で政府8割銀行2割で引き受けさせる、当然政府分については税金が投入される、という複雑怪奇なスキームができあがりました。そして、そのしわ寄せは患者へと至るのです。カネを直接支払うのも患者の認定をするのもどちらも同じ「熊本県」であるから、症例よりも支出を重視して「新たな認定患者を生まない」という露骨な対応となり、結果今の今まで健康を損ねた患者が、病んだ身体をおしてまで「認定してほしい」と訴訟をしなければならないような社会となってしまっているのです。
何の罪科もない国民が、病気で苦しんで生活苦に喘いでいる。政治屋の関心は派手な建設物やイベントで、自分の懐にカネが転がり込んでくることばかり。困って今の生活すら不安を抱え未来に希望が抱けない、そのような国民を助けても何もメリットがないと考えているから、極めてカネを出し渋る。
武漢肺炎のワクチンにしろ、巨大製薬メーカーやアメリカ政府が関与して、輸入しかない、としているから大盤振る舞いだが、どれだけ政治屋にカネが落ちたのだろう。
しかし、困った国民、それも大勢いて水銀の摂取量も違うから症状にも違いがあるのは当然のこと。このような国民たちに対してこそ税金で救済するしかなく、そして税金を投入する姿を国民が垣間見れたらどれだけこの国で生きることに安心もし、税金の価値があるのに、偽装患者だなんだと厳しい基準で時間を丹念に掛けて選別をし、時間を掛けて蹴落とす。
まるでそれまでに霊になってくれればこれ幸いといわんばかりのスロー対応で。
哀しき碑文
慰霊碑をお参りしたい、そう思って教えられたところへ行くと、次のような文章がある石碑がありました。
■不知火の海を向いて水俣病慰霊の碑が建立されている
不知火の海に在るすべての御霊よ 二度とこの悲劇は繰り返しません 安らかにお眠りください |
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水俣病が世に出て、不知火湾をせき止め、その内部にいる魚をすべて捕獲して土中処分にされました。今の水俣病資料館のあるあたりはその広大な埋め立て地の上にあります。根本的にすべて地上に上げるような対策はされていないので、震災などで液状化した場合閉じ込められた水銀などが露出する可能性も心配されています。
その一角の不知火を臨む美しい土地に書かれたこの文章をみて、実はこれは魚のための慰霊碑ではないか、と案内板が立っていたところまでずいぶん戻りましたが、どうやらこの碑で間違いはなさそうです。
どうしても「海に在る」というところがひっかかるのです。苦しい人生を余儀なくされ亡くなった方々は海に在るとは限らないし、むしろ地上で人生を送られたのだから、ご成仏なさっていなければ地上をさまよわれているのでは、だからそういう方々にこそ「安らかに」と書き記すべきではないか…、しかも原子爆弾の殺戮により殺された方々の慰霊碑の文言を丸パクリにしたような文章。もっともっと苦しく亡くなった方々に寄り添った文面にはできなかったのか、と。
この不確実性が高い世の中を人間として生きていかなければならない。今は普通に生きているかもしれないけれど、いざ自分が苦境に陥ったときには社会が、国が、県が、市がこぞって味方になって助けてくれる、そのような社会であってほしいし、皆々そのために税金を納めているはずなのです。
しかし、どこの政党も大局を見ずに、片手で万博だ、熊本県ならくまモンだ、台湾から半導体企業がやってくる、と騒いでいるのです。台湾企業への助成金は1兆2,000億円にものぼります。なのにこういうお金はすぐに湧いてくる、選挙対策の蓑をかぶったばらまき給付金、外国にいい顔するだけの無償援助、皇室に使うカネ、台湾企業への給付金はどこからでも血税から調達してくるのに、どうして困った国民を助けるサイフは渋くて小さく、血税を回さないのか。アホな答弁でバカ丸出しの元環境大臣もレジ袋よりももっともっと優先すべき事があるのに何をしていたのだろうか。
国も県も市も社会までもが手を差し伸べてくれない、裁判所も行政も過ちを断罪してくれない。
国も勝手なときだけ「スピード感がある政治」という台詞を使う。彼らにこそこの台詞を使わねばならないのに、これだけ埒もあかない状況に追い込まれたまま、時間だけがいたずらに過ぎていく。自分が原因でもない完治しない病気を抱えさせられ、苦しい状態でいる国民が霊になるのを待っているような、こんな国を自民党は「美しい国」と言い、このような薄情な政治のうえに自分たちは生きているのです。
学校教育で学んだことは、その時点では最新の知識であるし、テストなどで関心がなくても頭にたたき込まされるものではありますが、その後の人生で知識がアップデートすると、さらに当時では分からなかった視点が見えるようになる、と感じました。