死に直結した「士官になる夢」
海軍兵学校の士官たちの苦難の時代。士官になり活躍する夢を抱きながらも、無能な君主が推し進めた戦争によって前線へと次々送り込まれては生命を失うことを余儀なくされました。軍人だから、兵隊だから「死ぬのが当たり前」と考えてよいものか、いのちの尊さを振り返ります。
亡くなられた方々の苦しみにこころを寄せていくうちに、時代の構造や責任の所在を曖昧にすることは不誠実であると考えるに至りました。関行男記念館で、峻烈な表現をあえてそのまま提示しているのは、そのためです。
特定個人への攻撃や賛同を意図したものではありません。読むに耐えなければ、いつでも中断してください。
海軍兵学校の士官たちの苦難の時代。士官になり活躍する夢を抱きながらも、無能な君主が推し進めた戦争によって前線へと次々送り込まれては生命を失うことを余儀なくされました。軍人だから、兵隊だから「死ぬのが当たり前」と考えてよいものか、いのちの尊さを振り返ります。
権力者の統治体制を護るために「思い付きが形になったような『特別攻撃』」を実行したばかりでなく、果ては亡くなられた庶民のご子息の「死まで利用して」やろうとした「思惑」を考察します。
特別攻撃について、ぼかした表現「当時の軍指導者たちは、特攻を推進した。」をすると、誰が、何をした、と顔が見えない。具体的に出すことで、顔が見え、リアリティがある。ではなぜ名前が必要か。それは、
◆死者への誠実さ
関行男海軍中佐、そして6,000名もの特別攻撃隊の隊員さん方を殺したのは「抽象的な軍部」ではない。具体的な人間が、具体的な決定をしたということ。
◆責任の所在の明確化
「戦争」という匿名の暴力ではない。人間が人間を殺したということ。
◆現代への警鐘
「システム」が人を殺すのではない。今も、具体的な人間が決定している。
◆つまり
名前を出さないことは、加害者を守ることになる(=被害者の苦しみに寄り添わない結果になる)。
とてつもなく苦しい殺され方をなさった方々に、ここをはっきりさせないご慰霊では、ご成仏もできないと思うからこそ、敢えて書き連ねます。
特別攻撃隊の隊員様方が「覚醒剤を使用していた」という報道。
現代人的な視野では違法薬物、依存性が強く人生が崩壊しかねない毒物ですが、彼らはそれを知っていて進んで摂っていたのでしょうか。
こうまでして戦わされることの残酷さとともに、特別攻撃隊の隊員さん方の尊厳を考えます。
土地も財産も食糧も奪われ、行き場を失った末に日本へ渡るしかなかった朝鮮の人々。
海底炭鉱・北海道開拓・関東大震災――いのちを奪われた場所は違えど、「朝鮮人だから」という理由だけで虐げられ、殺され、弔いすら拒まれた。
死後も慰霊碑の分離を求めざるを得ないご遺族の心情、靖國合祀の問題、そして現代まで続く民族差別の根を考えます。
補給を絶たれ、「徴発」という名の略奪を許可された兵士たちは、やがて人間性を奪われていきました。攻める側も攻められる側も、お母さんが育てたご子息たちです。
食糧なき戦地で何が起きたか、加害と被害の両面から見つめます。
誰も原子爆弾で殺戮された、と言わないのです。教科書でも何でも原子爆弾は「投下」という言葉で語ります。3,000℃もの業火で焼かれ殺された方々の「殺戮」から目を逸らさせるのは欺瞞ではないでしょうか。
どうして「殺戮」されたのに、加害者側の表現を使うのか。これこそ国を挙げて「『苦しみに喘ぐ被害者』と『民族を滅ぼさんとされた事実』から目を逸らせさせる」ための言葉選びではないかと思えてなりません。