人間の尊厳

死したら葬られる。本当にそうでしょうか。死したら厳かに、かつ丁重に扱われてきたのでしょうか。現代人が当たり前にやってきたことが、かなわない時代がありました。
わたしも、あなたも、やがてこの世を去る時が来る。そうすると、死んだあとどう扱われるのか。その答えは、過去の「死」した方々を今、わたしたちがどう処遇しているか、その中にあります。
誰がいのちを選別し、誰が死の意味を塗り替えてきたのか。その不条理の根源を辿ります。

記述・表現の峻烈しゅんれつさについて

墓標を前に、亡くなられた方々に何を語ればその御霊みたまが安らぐだろうかと、ひたすら思索してきたことをそのまま記述しています。オブラートに包まず、とげのある表現もあえて提示しているのは、個々の良心に基づく思索を深める一助にしていただくためです。

特定の個人や団体を攻撃することは、本意ではありません。また、内容に賛同いただく必要もありません。もし読むに耐えないと感じられた場合は、いつでも閲覧を中断してください。

関行男記念館が、時代や構造への考察を深める一助となり、こころの奥底にある良心へ静かに問いかける、そのような場であることを願ってやみません。

A.それぞれの最期と戦後の扱い

B.国民の苦しみの根源 ~ 皇統の責任

C.関行男海軍中佐を知るために

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