関行男海軍中佐ゆかりの地
関行男海軍中佐のご神木
樹勢を誇り慰霊碑を護っていたご神木
初めて訪問した愛媛県西条市の関行男海軍中佐の慰霊碑は、その慰霊碑の大きさとともに背後の「ご神木」に迫力を感じました。大樹にも生命あり、慰霊碑を護るような存在に見えました。夏は暑い日差しを遮り、風雨からも覆いかぶさるような護りの姿に見えたのです。
しかし今やその生命は絶たれ、今は大きな切り株が残るだけで見る影もありません。せめて、このサイトで当時の樹勢の立派さを偲んでいただければと思います。
そして「行けるときに」行っておかねば、とも痛感しました。「またいつか」だと、跡形もなくなってしまうこともあるのだ、と。関行男海軍中佐のご事績とゆかりの深い地をご紹介します。歴史の空気を感じ、いのちの尊さを考えます。
空気に触れて、当時のことに思いを馳せるための見学案内
このページで関行男海軍中佐ゆかりの地や資料がご覧になれる場所をご紹介します。
クリックをすると、関連のサイトをご覧いただけます。
ここにご紹介している画像や紹介しているサイトは、近辺や関連施設のものの場合があります。所感は訪問した当時(2022年前後)の個人的な感想です。
状況や展示の変更もありますので、ご訪問される場合は交通状況含め最新の状況をお調べください。
関行男海軍中佐ご慰霊碑
愛媛県西条市
西条市立西条南中学校の南に、関行男海軍中佐と敷島隊の隊員様方のご慰霊碑があります。地図では西条大町郵便局に面した道を南下していくと見つけやすいと思います。この郵便局に隣接した西条市立大町小学校は、関行男海軍中佐の母校でもあります。
【公共交通機関】
伊予西条駅からせとうちバス 常心バス停下車、徒歩5分程度。バスはIC不可・高額紙幣両替不可・現金のみです。
【お手洗い】
お手洗いは背後の加茂川沿いの土手を南下して、武丈公園まで行かないとありません。忠霊塔横にあったお手洗いは西条市が撤去してしまいました。ファミレスのジョイフルが近く(国道11号線沿い)にあります。
▶クリックすると市作成の「新西条市のいいとこいいものさがし(西条南中学校区)」のページをご覧いただけます。ご慰霊碑の場所は27ページ青⑥、説明は33ページですのでご覧ください。
▶関行男海軍中佐のご慰霊碑のことについてはこちらもご覧ください。
西条市忠霊塔
関行男海軍中佐ご慰霊碑の南すぐ
すぐ関行男海軍中佐のご慰霊碑からすぐ近く(関行男海軍中佐ご慰霊碑を正面に見て、左手にある芝生に面した川べり)に「忠霊塔」があります。
西条市ゆかりの軍人さん方兵隊さん方のご慰霊碑ではありますが、霊にはどこで祈っても念が届くといいますね…。
皆さん方お住まいの地域の方々のことも思いながら手を合わせて頂ければと思います。
常時水道も使えてお参りによかったのですが、訪問者に水道を使ってほしくないようで、開栓できなくしてしまいました。
商店街などでは「うちぬき」といって出しっぱなしなのに、ご慰霊の場所は節水。関行男海軍中佐も無視。西条市は死んだ人間には極めて冷淡です。情けなさすぎます。
南九州市は、知覧町であったころから通年ご慰霊のため団体を通して公費で顕彰しています。慰霊祭は国や県、周辺市町から来賓を呼び、地元町長があいさつをし、そして誰でも参列者であれば乗せてもらえる送迎バスが、鹿児島中央駅まで迎えに行き、欠席してもどのような内容だったか写真も送ってくださいます。
西条市は、国鉄総裁の元市長、彫刻家のように地位も名誉も得た人間ばかり顕彰し、ただただ苦しく亡くなり、ご母堂様まで困窮して暮らされた、それこそ「平和とは何か」と提示してくださっている軍人さんは、市長も市も完全に見て見ぬふり。これで「市長」、「市」だなんて恥ずかしくないのでしょうか。
伊予三島市忠霊塔
愛媛県四国中央市
(画像:Google Mapから引用)
関行男海軍中佐の本籍地、宇摩郡ゆかりの軍人さん方兵隊さん方のご慰霊碑です。
三島公園内にあります。松山自動車道土居と三島川之江の両インターの間の山べりにあって結構目立ちます(でも意識する前は全然気がつきませんでした)。
実現しなかった合併後の市名「宇摩市」、スマートでかなりかっこいいのに残念。
愛媛県立西条高等学校
愛媛県西条市
関行男海軍中佐の母校(旧制西条中学校)です。
戦歿同窓生の慰霊碑が校門(陣屋門)を入って左手すぐにあります。碑題「遙なる故國を想ひて」は関行男海軍中佐が最後に友人に宛てた手紙に記されたもの(伊藤五百亀記念館企画展「伊藤五百亀彫刻展」の説明による。2025.8.11)で、市出身の伊藤五百亀の作品。学校施設内なので、施設管理者の指示に従って見学してください。
校門は関行男海軍中佐が学校に通われた当時の面影をのこして、現在も使われています。
夜の森公園
福島県南相馬市原町区
関行男海軍中佐の率いられた敷島隊の二番機、中野磐雄少尉の故郷にあります(当初「盤雄」と報道されたのは誤報です)。
原町にはもともと陸軍飛行場がおかれ、陣ヶ崎公園にご慰霊碑があるほか、格納庫や航空神社があります。
夜の森公園は小高い丘になっており、その一角に旧原町市ゆかりの偉人の胸像が並び、そのおひとりとして中野磐雄少尉の胸像、そして顕彰文があります。
甲種飛行予科練習生(第10期)として土浦海軍航空隊に入隊され、軍人としての人生を歩まれました。
残念ながらご遺族もいらっしゃらず、関係者も高齢で2014年で慰霊祭が途絶えています。
どうか機会があればご訪問・ご参拝いただきたいと思います。
(2025年5月21日撮影)
陸上自衛隊松山駐屯地
愛媛県松山市
(画像:松山駐屯地ホームページ)
関行男海軍中佐のご遺品約20点(海軍兵学校での学生時代の写真、海軍兵学校と陸軍士官学校の合格電報、ご母堂様が関行男海軍中佐のご無事を願ってお送りになられた地元西条市内の神社の御守など)が保管されています。
見学については事前に問い合わせてください。
遊就館
東京都千代田区
靖國神社境内にあります。「特攻作戦のはじまり」コーナーの中に「比島作戦」の項目があり、作戦の全体像の説明と、関係された軍人さん方のご遺影の展示があります。そのおひとりに関行男海軍中佐が紹介されています。
ご遺影は展示最後のご祭神コーナーにもあります。
海上自衛隊第一術科学校
広島県江田島市
旧海軍兵学校(士官学校)。関行男海軍中佐は海軍兵学校の第70期生でした。
見学ツアーのコースの最後に、海軍兵学校卒業生の期別集合写真の展示があります。
防衛省の広報施設や、一般の観光施設ではないので、見学ツアーの申込が必要です。
さまざまな制約もありますので、ホームページをお確かめください。
宇佐市平和資料館
大分県宇佐市
宇佐海軍航空隊のあったところで、関行男海軍中佐もここで航空機の操縦訓練を受けられました。宇佐市は戦争遺跡を遺すことに熱心で、市内あちこちに案内板と、戦跡散策ルートマップの大きな看板があります。ぜひご訪問いただきたいと思います。
資料展示の中で関行男海軍中佐のご事績に触れていることがあります(平和資料館の展示の中に関行男海軍中佐のことに触れた記述がありましたが、2024年訪問時には展示替えで撤去されている一方、宇佐空の郷の動画には登場されていました)。
特攻神社
鹿児島県出水市
出水海軍航空隊のあったところで、特別攻撃隊の基地になるや、出撃された隊員様方全てがこの神社に使命の成功と国家の安泰を祈願して出撃されたと伝えられている。航空隊解体後神社も撤去されていたが、宅地造成時に台座が出現し、当地箱崎八幡神社宮司が1990年に建立した。ご祭神は関行男海軍中佐、金指勲海軍大尉、全国の特別攻撃隊散華命達。(当地の説明板より)
神風特別攻撃隊菊水部隊銀河隊が出水海軍航空隊、鹿屋海軍航空隊(鹿児島県)、築城海軍航空隊(福岡県)から出撃しており、金指勲海軍大尉(海兵第71期)が出水海軍航空隊の特別攻撃隊長であることから主祭神のお一柱として祀られています。
近くの特攻碑公園にはご慰霊碑のほか戦闘指揮所地下壕、哨舎が良好な状態で保存されています。(2024年10月2日撮影)
鹿屋航空基地史料館
鹿児島県鹿屋市
海軍から海上自衛隊までの歴史を俯瞰できる教育施設です。海軍関係の特別攻撃でご戦歿された方々のコーナーがあり、関行男海軍中佐のご遺影やご事績の説明もあります。
知覧特攻平和会館
鹿児島県南九州市
関行男海軍中佐が掲載された写真週報の実物が展示してあります。
主に陸軍の特別攻撃隊の隊員様方のご事績を伝える施設で、前身は知覧特攻遺品館といいました。海軍の資料も多くはありませんが展示があります。
隣接して知覧護國神社(特攻平和観音)が設立されていて、陸軍の特別攻撃隊の隊員様方のご慰霊・顕彰もされています。
【交通】
鹿児島中央駅から鹿児島交通「特攻観音入口」バス停下車です。リンク先で会館が作成した詳しすぎるガイドがありますのでご参照ください。
JR平川駅からバス停まで、ちょっとわかりにくいので、鹿児島中央駅からバスを使うのが良いと思います。ただし、鹿児島中央駅から平川駅までの国道は車線も多く広いのですが、それ以上に山側の住宅地から流入してくる車で大渋滞が起きます。特に夕方、見学後に知覧から鹿児島中央駅へ向かう場合は、途中何箇所かで路面電車やJRに乗換ができる停留所がありますので、そこから鉄道で鹿児島中央へ向かった方が早く着く場合があります。
筑前町立大刀洗平和記念館
福岡県朝倉郡筑前町
知覧は特別攻撃の前進基地となりましたが、大刀洗陸軍飛行学校知覧教育隊として設置されたものでした。この記念館は甘木鉄道太刀洗駅前にあります。
特別攻撃の展示は個人的な期待よりも少なめで、郷土史の観点からの大刀洗空襲や戦時の産業技術が主眼のように思いました。
特別攻撃の紹介の中で関行男海軍中佐の版画のレプリカが展示されています。
(筑前町に所在し、大刀洗町ではありません。その主張のためあまり自治体名を出さない施設名がほとんどの中「筑前町立」と施設名に入れたのだろうかと。タチアライは大刀洗と太刀洗表記が混在しています。)